寂円寺徒然日記
23年お彼岸 震災に際して

 

先日大きな地震がありました。東北の方では甚大な被害が出ました。今なおたくさんの方がご苦労をされています。毎日報道の方をみていますと、刻一刻と、なくなられた方、行方不明の方の数が増えていきます。

 

それをみていて、その数字を見ながら被害の大きさを感じるわけですが、日に日にその数字を眺めるうちに、数字だけに注目してしまい、その数字の一人一人に家族がいて、子どもがいて、親がいるということを忘れてはいけないと思いました、そしてそれを思うと、とても身につまされるような思いが致します。

 

幸い関東首都圏での被害は東北ほど甚大ではありませんでした。その中で、ここ数日自分にできることはなんだろうかということを考えました。

そこで感じたのは、物理的な支援、義援金を含めた物資の支援ももちろんですが、仏教や浄土真宗を通していま自分ができることの1つに、我が身をしらせていただくということがあるのではないかと思います。

 

我が身を知るというのは、仏教において、真宗においてもとても大切なことです。仏法は鏡に例えられます、人間は時に自分の顔を鏡で照らし、いま自分がどんな顔をしているのか、どんな姿でいるのか、どんな行動をしているのか、ちゃんと見つめることで、正しい道を進んでいけるのだと思います。

 

1つこんな逸話があります。極楽の箸、地獄の箸という話です。

 

極楽でも地獄でも、食事の時には1mもある長い箸を使うそうです。1mもある箸ですから、自分で自分の口に食べ物を運ぶのは難しいわけです。そこで、極楽ではその箸をつかって、向かい側にいる人の口に食べ物を運び、お互いに食べさせあうそうです。なのでいつもお腹も心も満たされている。一方地獄では、我先にと、自分の口に運ぼうとするので、ポロポロこぼしてしまい、いつも空腹で、心も満たされないという話です。

 

いま被災地では、少ない食べ物をお年寄りや、子どもたちに先にと、譲り合い、みんなが協力をして、みんなでがんばろうとしています。あの地獄のような状況において、そこにいる方々の心の中にとても強いものを感じました。

 

一方この首都圏においては、我先に必要以上のものを買い占めるということが起こっているようです。まだ停電もありますが、電気もガスも食べ物も切迫しているわけではないところでこのようなことが起こる。どちらが地獄でどちらが極楽なのかわからないと思います。

 

もちろん生活に必要なもの、最低限必要なものを買い求める気持ちはわかります。それは決して悪いことではないと思います。

 

しかしこういう時だからこそ、仏法を通して我が身をしるということ、その中から行動し、考え発言するということがいま求められているような気がします。

 

そもそも、このお彼岸という日は、この現世を此岸、覚りの世界を彼岸と表すわけですが、この太陽が真東から昇り真西(極楽浄土の方向)に沈むその日に、覚りの世界を目指し、仏法を聞かせていただくという意味があるわけです。

 

その彼岸に至る中道の教えの中には、六波羅蜜(ろくはらみつ)というものがあります。簡単に言いますと、彼岸に至る為の、6つの実践徳目のことを指します。

 

その6つというのは、

 

布施(ふせ)

持戒(じかい)

忍辱(にんにく)

精進(しょうじん)

禅定(ぜんじょう)

智恵(ちえ)

 

となるわけですが、これを知識として自分の中にただ書き留めておくだけでなく、こういう時だからこそ、これを自分の中に照らし合わせて行動することが大切であるのではないかと思います。

 

例えば、

 

布施(義援金、救済物資を被災者に届けよう)

持戒(こういうときだからこそ、自らの生活を律しよう)

忍辱(不自由、不便に文句を言わないですごそう)

精進(自分が今出来ることを粛々とこなそう)

禅定(まず心を落ち着けよう)

智恵(デマに惑わされず正しい情報を信じよう)

 

これは自分の中での解釈ですが、それぞれがこの6つに自分の生活や行動を照らし合わせ、我が事としてとらえるということが大事なのではないかと思います。

 

そしてもう一つ、日に日に増える数字だけを見ていますと、その数字11つの命が自分とは関係ないことのように感じてしまうことがありますが「命」についても同様に、この震災を遠いところのニュースとして他人事にせずに、自分の中にしっかりと受け止めるということも大事なのだと思います。

 

白骨の御文というのがあります。この御文は蓮如上人の書かれたものです。

 

この御文の背景は、


山科本願寺(やましなほんがんじ)の近くに青木民部(みんぶ)という下級武士がいました。十七歳の娘と、身分の高い武家との間に縁談が調ったので、民部は、喜んで先祖伝来の武具を売り払い、嫁入り道具を揃えたのです。ところが、いよいよ挙式という日に、娘が急病で亡くなってしまいます。火葬の後、白骨を納めて帰った民部は、「これが、待ちに待った娘の嫁入り姿か」と悲嘆にくれ、五十一歳で急逝。度重なる無常に、民部の妻も翌日、三十七歳で愁い死にしてしまいました。

 その二日後、山科本願寺を財施した海老名五郎左衛門(えびなごろうざえもん)の十七歳になる娘もまた、急病で亡くなりました。葬儀の後、山科本願寺へ参詣した五郎左衛門は、蓮如上人に、無常についてご勧化をお願いします。すでに青木家の悲劇を聞いておられた上人は、願いを聞き入れられ、「白骨の御文章」を著されたのです。

 

(インターネットネットより引用)

 

そして本文はこちらです。

 

それ、人間の浮生なる相をつらつら観ずるに、おおよそはかなきものは、この世の始中、まぼろしのごとくなる一期なり。

 

されば、いまだ万歳の人身をうけたりという事をきかず。一生すぎやすし。いまにいたりてたれか百年の形体をたもつべきや。我やさき、人やさき、きょうともしらず、あすともしらず、おくれさきだつ人は、もとのしずく、すえの露よりもしげしといえり。

 

されば朝には紅顔ありて夕べには白骨となれる身なり。すでに無常の風きたりぬれば、すなわちふたつのまなこたちまちにとじ、ひとつのいきながくたえぬれば、紅顔むなしく変じて、桃李のよそおいをうしないぬるときは、六親眷属あつまりてなげきかなしめども、更にその甲斐あるべからず。

 

さてしもあるべき事ならねばとて、野外におくりて夜半のけぶりとなしはてぬれば、ただ白骨のみぞのこれり。あわれというも中々おろかなり。されば、人間のはかなき事は、老少不定のさかいなれば、たれの人もはやく後生の一大事を心にかけて、阿弥陀仏をふかくたのみまいらせて、念仏もうすべきものなり。あなかしこ、あなかしこ。

 

この最後の一文、後生の一大事を心にかけるというのは、いう変えれば我が身を知るということであり、それは仏法を自分の問題として味わい。「諸行無常」の道理を他人事のように思わず我が事として受け止めるとだと思います。

 

今回の被災において、被災にあわれた方が不運であったというのではなく、いまここに生きている私たちの日常こそが、奇跡的な御縁と、目に見えないたくさんの奇跡の上になりたっているということなのだと思います。それをしっかりと受け止め、この一瞬をしっかりと意識して味わいながら生きなさいということです。

 

人間は自分にはどうしようもないものの中に生かされている、本当にいろいろな縁や願いの中に生かされている我が身に気づけるわけです、そこに立ち、はじめて、お腹の中から感謝の気持ち、そして謙虚な気持ちというものがわいてくる。

 

そしてその気持ちを「南無阿弥陀仏」という声にして口に出すわけです。

 

これが後生の一大事を心にかけ念仏申すということだと思います。

 

いまこういう時だからこそ、お念仏の心をもって日々を過ごし、仏法に我が身を照らして行動することが大切なのではないかと感じています。

 

そして東北の方々の一日も早い復興と、こころの平穏を願いたいと思います。

 

副住職

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