寂円寺徒然日記
本末転倒

 

先日あるお寺で、仏像をめぐるトラブルがあり、そこのお寺でお話を聞いてきました。詳しい内容は長くなるので割愛しますが、その話の中で感じたのは、

そもそも、お寺という場所は、信仰というものに支えられている場所です。更にいえば、お寺があり、仏像があるところに、信仰があるのではなく、信仰のあるところに、お寺があり、仏像があるわけです。

同じようですがこの順序というのはとても大切なとことような気がします。そこを間違うと本末転倒になってしまうような気がします。

何事も「そもそも」と原点を省みるというこは大切ではないかと思います。

世間では、今、選挙一色ですが、そもそも、政治は誰のためにあって、政策というのはなんのためにあるんでしょうか。そして、豊かな生活、幸せな国というのはなんなんでしょうか。

そこを自分たち一人一人が真剣にしっかりと考えなければ、進むべき方向というのはこれからも定まっていかないのかもしれません。

まずは自分自身の中にしっかり矢印を向けてみることはここでも大切なことだと感じます。目を凝らしてみると、それを忘れた本末転倒という言葉が、そこらじゅうに転がっているような気がします。

 

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