朝晩の寒さも一層厳しくなり、いつのまにか秋から冬へ季節が変わってきているようです。
寒さの苦手な私はだんだんと出不精になり、室内で過ごすことが多くなってきました。
そんな私を横目に、園庭では毎日子どもたちが元気に走り回っています。
この時期の園庭では子どもたちは、縄跳びに、ドッヂボールに、鬼ごっこ、落ち葉を集めては落ち葉のプールに飛び込んだり、身体を思いっきり動かして遊んでいます。
この時期の園庭の様子を、ある園長先生がカサが減ると表現されていました、4月には子どもと子どもたちの間に距離があり、園庭全体にちらばって所在無げにしていたり、個々に遊んでいるために、園庭のスペースが手狭に感じるのですが、この時期になると、子どもたちの小さなシマがあちらこちらにできて、子どもと子どもの距離がぐっと縮まることでカサが減り園庭にスペースができるというわけです。
この時期になるとその話を思い出しながら、本当にその通りだなということを実感します。
子どもたちはこの8ケ月で友達との距離を縮め、自分なりの習慣をつくり、幼稚園の中にしっかりと自分の居場所を見つけてきたのだなと思うと成長を感じます。
そんな園庭で遊ぶ子どもたちの遊びを見ていると、子どもたちの遊びの変化の中にもしっかりと成長の姿をみることができます。
例えば、幼稚園に入った頃、園庭を自分のペースでただ走り、走る楽しさ、スピードを感じる心地よさを感じながら、「かけっこ」をしていた子どもたちは、そのうちにお友達とどちらがはやいのか、どちらが逃げるのが上手なのか、追いかけるのが上手なのか、自分の力を確認するかのように「おいかけっこ」をするようになります。
その遊びは、次により楽しめるためにルールをつくり、そのルールをみんなで共有して「おにごっこ」という遊びになります。
「かけっこ」は「おいかけっこ」になり、そして「おにごっこ」になります。
この遊びの自然変化には大抵の場合1~2年くらいの時間がかかります。
この遊びの変化にかかるスピードはとても大切なことのように思います。
しっかりと走る楽しさに充実することができて、その楽しさを他者と共有したいと思うようになります、その共有ができてまた次にその遊びをさらに深めていきたいという意欲に結びついてくるのだと思います。
その答えを大人が先に与えて、強制的に進化させてしまうのではなく、そこにしっかり時間をかけて、子どもたちが自ずと進化をしていくことを理解して、それをいかに見守ることができるのかということが幼児教育の肝みたいなものなのだと思います。
めまぐるしく色々なことが変化していく、このスピード感の早い世の中で、子どもたちの、この成長するスピードに寄り添い、同じ目線で歩くことのできる心を忘れないようにしたいと思います。
師走は師が走ると書きます。
この時期、いろいろなことに追われ、思わず走りたくなる気持ちになることが多々あります・・・しかしぐっとこらえて深呼吸、少し余裕をもって生活をしていけたらと・・・いう、まず気持ちだけでも。
少し早いですが今年もありがとうございました。
また来年度もよろしくお願いいたします。
副住職
遠藤 正樹
副住職さま、
「かけっこ」拝読させていただきありがとうございました。
幼時教育がなぜ大切なのかの原点が示されているように思います。できるだけ早い時期に安心して失敗できる場で思い切り失敗させていただける。自分なりの工夫と妥協を重ねることで皆ともっと楽しく交わっていける。時間はかかりますがその様なプロセスを経た成功体験はその後の人生を下支えしてくれると思うのです。歳をとってもまったくおなじで学びの毎日でしょうが、ただあの子供のころに戻れればいいなと切実に感じることも多くなるようです。お砂場でいっしょに遊んだあの子のようにと。
遠藤正樹
副住職
コメントありがとうございます、そして今年もありがとうございました。
安心して失敗できる場で思い切り失敗できる環境をつくるということは、簡単なようでとても難しいことだということを実感しています。
本当に時間はかかりますが、その時間こそがなによりも大切なことだと信じてがんばりたいとおもいます。
寒い日が続きますがお身体ご自愛ください。
また来年もよろしくお願いいたします。
遠藤 正樹
副住職さま、
安心して失敗できる環境を日々整えていくことくらい難しいものはないと思います。先生方のマインドセット、物理的な安全網の整備、ソフトとハード両面におけるお気遣いはストレスがともなうはずです。この幼児教育の重要性を認識し、政府は無償化で報いる方向を打ち出しております。どうかこの先の日本を担う人材の育成に引き続き力をお貸しください。よろしくお願い申し上げます。
遠藤 正樹